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子育てまごまご日記 (その13)

我が孫も今日で1才+2カ月となる。移動手段としてのハイハイはしなくなった。「かくれんぼ」のような仕草をする時と、何かモノを探す時にハイハイをする程度である。

歩いていることが当たり前の風景として、受け入れられるようになった。昨日も、玄関で靴を履かせてもらって、マンションの通路を56m歩いてエレベーターに乗り込むまで一人ですることができた。

と言っても、「指さし」が始まっているので、玄関前の鉢植えの花を指さして、「あ」「お」と言いながらのごあいさつ。途中にあるクーラーの室外機を指さして一時停止、よその玄関先にあるネズミのキャラクターの鉢植えのモニュメントにも人差し指で「指さし」確認を使ってのごあいさつ。

最後、エレベーターに乗り込んで、正面の鏡の中の自分にごあいさつ、と忙しかったが、ダッコ、おんぶ、手を引くことなく、一人でできた。

ちなみに、引率者はジジ、ババの2名、娘は玄関で靴を履かせてからお見送り。その時も、「バイバイ」と手を振り、母から離れて「3千里」。1階の集合ポストまでの往復の長旅を無事行うことが出来た。メデタシ、めでたし。

それに味をしめたのか、今朝、私が出かける気配を察すると一人で玄関に行き、私の革靴を持って待っていた。昨日の母からの自立の旅立ちが自信になったのだろう。「かわいい子には、旅をさせよ」とは先人の言葉であるが、至言である。ちょっと、オーバー。

 

意味不明の言葉を発し続けることがある。食事中も言葉を発し続け、食べたいものがあると「指さし」をして食べさせろ、という仕草をする。気を引くものがあっても「指さし」して、取れと言う仕草。そのたびに、「アアー」と金切り声で叫ぶので、うるさいと言えばうるさい、賑やかと言えば賑やかである。

それを傍らでニコニコ笑いながら見ている、という按配である。すると「お腹が空くとイライラするみたい」「昨日も支援センターでみんなのこと、我関せずで、ひたすらマンマを食べていたのよ」と娘。「お腹が空いて、イライラするのはあんたにそっくり」と久しぶりのオババの反撃の一言。そんなの遺伝するのかな、と考えていたら、「あなたの若い頃、そうだったじゃあない」と追い打ちの一言。「どうしてイライラするのかって教えてあげたら、あっそうかって、感心してたじゃない」。そうでしたっけ、はるか昔のことで忘れてしまっていた。

そういえば、よく亡き母は言っていた。「似なくてもいいところが、似る。似て欲しいところは、似ない」と。

 

「学ぶとは真似ること」。誰の言葉かは知らないが、いろいろ真似ができるようになった。娘がよくストレッチをするのだが、それを真似て前屈のストレッチをしていた。

ゴミ箱にモノを捨てることを覚えたので、大事なモノも捨ててしまう。ゴミ箱の蓋を常時閉めるのが、我が家のルールとなっている。